弁護士の佐野です。
引き続き、死因贈与と遺贈の違いについて書いていきます。
2. 死因贈与と遺贈に大きな違いがありました!
2.1. どういう事案だったか
東京地裁令和2年(ワ)第7657号預金払戻等請求事件という事件の判決が、2021年8月17日にありました。
そのうちの論点の1つは、預金契約に譲渡禁止特約がある場合、死因贈与契約によって受贈者は預金債権を取得できるか、というものです。
これだけではちょっと分かりにくいですね。
つまり、
AさんがBさんに、A「私が死んだらC銀行の預金をBさんにあげますからね」、B「分かりました」と約束した。
Aさんが死亡した。
ところが実は、C銀行の預金は、勝手に誰かにあげたりはできませんよ、という約束になっていた。
Bさんは、C銀行に、もらった預金を払い戻してくれと請求できるか?
ということです。
2.2. 古い最高裁判決 債権譲渡禁止特約
実はこれには、昭和48年7月19日という古い最高裁判決がありました。
改正前の旧民法466条2項は、債権の譲渡を禁止する特約は善意の第三者に対抗することができない旨規定していました。
これはどういうことかというと、DさんがEさんに100万円を貸していたところ、DさんとEさんの間で、
DさんがEさんに請求できる権利は他人にあげないでね
Eさんが返済するのはEさんの了解がない限りあくまでDさんなんですよ
という約束があった場合、
Dさんが約束に反してFさんにその請求できる権利をあげたら、Fさんが他人にあげないでねという約束を知らなかった場合、約束があったにもかかわらず、EさんはDさんではなくFさんに100万円を返済しなければならない
という条文なのです。
善意というのは、知らない、ということなんですね。
この最高裁判決は、この善意について、
その文言上は第三者の過失の有無を問わないかのようであるが、重大な過失は悪意と同様に取り扱うべきものである
として、
知らなかったとしても、その知らないことについて重大な過失があるときは、その債権を取得できません
としました。
Fさんに重大な過失がある場合は、FさんはEさんに請求できなくなる、ということになりますし、EさんはDさんに支払えばいい、ということになります。
2.3. 今回の東京地裁の判決
今回の東京地裁の判決は、最高裁判決を踏まえて、
「預貯金債権の遺贈について譲渡禁止特約による無効を主張することができないのは、遺贈が、遺言者の遺言という単独行為によってされる権利の処分であ」
るからであり、死因贈与は、契約によるものなので、譲渡禁止特約による無効を主張できる、としました。
なぜこのようにしたかというと、預金に譲渡禁止特約がついている趣旨を考えたからです。
法律上は、死因贈与は、遺言ではなく口約束でもいいわけです。
この場合でも払戻請求できるとすると、事務処理が大変です。
最初にも書きましたが、死因贈与を立証するにはどうすればいいか、という大問題があります。
銀行からすれば、どんな場合に死因贈与を認めて払い戻しに応じてもいいのか分かりません。
下手に払い戻すと、そんな死因贈与知らない、無効だ、過誤払いだなどとして、紛争になりかねません。
また、預金を担保にお金を貸していたら、その預金だけ贈与されたとなると、貸したお金を取りっぱぐれたりします。
いかにもまずいですね。
結局、この判決で、遺贈にしておけば問題なかったのに、死因贈与にしたばっかりに、預金を受け取れないということになってしまいました。
これは大きな違いです。
知っておかないといけませんね。
2.4. この事件の背景事情
この事件の背景事情ですが、被告は銀行なのですが、原告は、実は司法書士法人です。
判決記載の事情からすると、
原告所属の司法書士、行政書士が死因贈与契約に関与したものでした。
その司法書士、行政書士の前で、亡Aさんと受贈者のBさんとその夫の面前で、その内容を確認して自筆で署名した上、実印で押印したものでした。
その契約の執行者として、原告の司法書士法人が指定されたようです。
預金は約950万円でした。
当然、内容は司法書士法人が作成したんでしょうね。
遺言ではダメな事情があり、あえて死因贈与にしたのかもしれません。
それがダメということになり、司法書士法人としては血の気が引いたでしょう。
950万円を受け取れないことになってしまった依頼者には、平身低頭、平謝りでしょうね。
おそらく、何が何でもということで司法書士法人の自腹で提訴したんでしょうが、結局蹴られてしまったわけです。
これは弁護士も他人事ではありません。
ほんと怖いです。
ちなみに、この事件は控訴されています。これを書いている時点で、控訴審判決が出たかどうかは分かりません。
しかし、覆りはしないのではないかと思っています。
3. まとめ
いかがでしたでしょうか。
この判決を端的にまとめると、
自分が亡くなったときに預金を誰かにあげたいと思ったら、もらおうと思ったら、死因贈与ではなく遺贈にしましょう。
ということです。
普通の人は、死因贈与は頭に浮かばず、遺言を考えると思います。
むしろ、法律家が気をつけるべきことですね。
2022年8月8日