弁護士の佐野です。
引き続いて、遺留分について書いていきます。
今回は、実際に請求できる遺留分侵害額の計算方法についてです。
5.実際に請求できる遺留分侵害額の計算方法
遺留分を算定するための財産の価額が分かれば、遺留分の割合をかければ、遺留分がどれだけあるかが分かります。
その遺留分がどれだけ侵害されたかが、請求できる額になります。
ちなみに、民法1046条1項は、お金を請求できますよと規定しています。
以前は、戻せという権利でした。
土地を贈与しましたよという場合、その土地を戻せということになっていました。
現在では、土地を戻せとは言えませんが、その分お金を請求できることになっています。
さて、遺留分侵害額の計算はどうすればいいかというと、民法1046条2項に規定されています。
書いている中身は簡単なのですが、見た目はまた分かりにくいし、実際の計算も案外複雑です。
簡単に1つずつ見ていきましょう。
まず本文で、計算された遺留分から、「第一号及び第二号に掲げる額を控除し、これに第三号に掲げる額を加算して算定する。」とされています。
- 1号は、遺留分権利者、つまり遺留分が侵害されているという主張をする人が、遺贈でもらったものか、または特別受益です。これを差し引きます。
- 2号は、相続分です。これを差し引きます。
- 3号は、遺留分権利者が引き受けることになる被相続人の借金です。これを加算します。
遺留分権利者のプラスを引いて、マイナスを足す、これで、遺留分の侵害額がようやくはっきりするわけです。
具体例
実際には色々と頭を悩ませる問題があるのですが、ここではいくつか分かりやすい具体例を挙げて、実際のイメージを持ってもらいたいと思います。
考え出したらきりがないんですけどね。
まず前提として、おじいちゃんが亡くなったとします。
おじいちゃんには、20年以上の夫婦であったおばあちゃんと、子A、子Bがいたとします。
相続財産としては
- 家 5000万円
- 預貯金 6000万円
- 借金 2000万円
があり、特別受益として3年前にBに1000万円をあげていたとしましょう。
この場合、相続財産の価額は、家5000万円、預貯金6000万円、借金-2000万円、特別受益1000万円の合計となり、1億円となります。
相続分は、
- おばあちゃん 5000万円
- A 2500万円
- B 1500万円(2500万円-1000万円)
となります。
遺留分を算定するための財産の価額も1億円ですので、おばあちゃんの遺留分は4分の1の2500万円、ABの遺留分はそれぞれ8分の1の1250万円となります(民法1042条)。
これを前提に、色々バリエーションを変えて考えてみましょう。
5.1.1.おばあちゃんに家を残そう
おじいちゃんはおばあちゃんの生活が心配で、家と預金2000万円をおばあちゃんに残したいと考えました。
そこで、「家と預金2000万円をおばあちゃんに遺贈します。」と遺言を書きました。
民法903条4項により、5000万円の家については相続財産から除かれ、残りの5000万円が遺産分割の対象になります。
Bは1000万円の特別受益がありますので、結局相続分は、
- おばあちゃん 5000万円×2分の1+家5000万円=預貯金2500万円+家5000万円 ※なお、おばあちゃんの預貯金の相続分2500万円は遺言の2000万円を超えていますので、遺言の影響はありません(民法903条2項)。
- A 5000万円×4分の1=1250万円
- B 5000万円×4分の1-1000万円=250万円
が相続分となります。なお、借金は速攻で返済しているものとします。
返済していなければ、割合に従ってみんなが負担し、その分相続分の金額が増えていることになります。
さて、この場合、遺留分を下回っているBが問題となりますが、民法1046条2項1号の特別受益の1000万円と、その2号の遺産の価額が250万円となり、合計1250万円が遺留分から差し引かれ、遺留分は0となります。
したがって、遺留分侵害額は0円となります。
こうなるように具体例を設定したわけではなかったのですが、うまくおばあちゃんに遺言以上の財産を残してあげることができました。
5.1.2.家業が心配だ
おじいちゃんは家業がきちんとやっていけるかどうか心配で、また、おばあちゃんの面倒は引き続き同居の長男のAがしてくれることを期待し、住宅兼家業の店舗の家と預金2000万円をAに残したいと考えました。
そこで、「家と預金2000万円をAに遺贈します。」と遺言を書きました。
残りは借金を差し引くと2000万円です。
相続分は、まず割合について
- おばあちゃん 5000万円
- A 0円
- B 1500万円(2500万円-1000万円)
と計算し、具体的な相続分は
- おばあちゃん 2000万円×{5000万円÷(5000万円+1500万円)}=約1538万円
- A 0円
- B 2000万円×{1500万円÷(5000万円+1500万円)}=約461万円
となります(民法1046条2項2号)。
とすると、遺留分侵害額は、
- おばあちゃん 2500万円-約1538万円=約962万円
- B 1250万円-約461万円=約789万円
となります(民法1046条2項本文)。
いや~、ややこしいですね。これをすらすら計算できる弁護士はあんまりいないと思います。
私も毎回混乱します。
頭では分かっていても、頻繁に相続や遺留分の事件を受任していないと、いざご相談をお伺いしたときに、自信を持ってすらすらと計算できないでしょう。
5.1.3.介護をよろしく頼む
おじいちゃんは、介護をしてくれたBに感謝し、引き続きおばあちゃんの介護を見てもらいたいと考え、家と預金3000万円をBに残したいと考えました。
そこで、「家と預金3000万円をBに遺贈します。」と遺言を書きました。
残りは借金を差し引くと1000万円です。
相続分は、まず割合について
- おばあちゃん 5000万円
- A 2500万円
- B 0円
と計算し、具体的な相続分は
- おばあちゃん 1000万円×5000万円÷(5000万円+2500万円)=約666万円
- A 1000万円×2500万円÷(5000万円+2500万円)=約333万円
- B 0円
となります(民法1046条2項2号)。
とすると、遺留分侵害額は、
- おばあちゃん 2500万円-約666万円=約1834万円
- A 1250万円-約333万円=約917万円
となります(民法1046条2項本文)。
いや~、やっぱりややこしいですね。
おばあちゃんとAがBに対して遺留分侵害額請求をすると、遺贈した3000万円の大半を支払わなければなりません。
ただ、実際には介護をしてもらうおばあちゃんは請求しないかと思います。
2022年5月2日