弁護士の佐野です。
以前、配偶者居住権は使えるかというブログを書きました。
よく考えて使わないといけませんよ、という内容だったわけですが、今回は、配偶者居住権を設定したらいつ終わるのか、書いてみたいと思います。
目次
1. 民法上の権利のオキテ
2. 配偶者居住権が発生(設定)するとき
3. 配偶者居住権が終わるとき
3.1. 建物の問題
3.2. 当事者の問題
3.3. 権利の問題
3.3.1. 期間が満了した場合
3.3.2. 消滅の合意がある場合
3.3.3. 義務違反による消滅の場合
4. まとめ
1. 民法上の権利のオキテ
まず前提に少し、司法試験初歩のマニアックな説明をします。どうでもいい人は飛ばしてくださいね。
民法上の権利は、発生、存続、消滅(終了)という段階を考えます。
知らない間に発生したり、いつの間にか消滅したりということはありません。
例えば、あなたが友人に1万円借りたとします。借用書も作ったことにしましょう。
あなたは、その友人に1万円返さないといけません。
友人から見れば、1万円の返還請求権が発生します(発生)。
返さない限りは、その返還請求権は残ったままになってしまいます(存続)。
そして、そのままお互い、貸したこと借りたことを忘れてしまったとしましょう。
忘却は返済義務の消滅(終了)の原因にならないので、忘れていてもその権利は消滅しませんので、その友人の返還請求権は残ったままです。
ただ、返還請求権が行使されないまま放置されているというだけです。
返済義務はなくなったのと「同じこと」にはなりますが、法的に見たら残っているわけです。
長い20年という時間が経過し、借用書を発見して思い出して請求してきた友人に、あなたがいくら忘れたと言っても通用しません。
しかし、あなたは、それはもう時効だから支払わない、と突っぱねることができます。
これは、消滅時効の援用という権利の消滅原因を主張したので、消滅したということになるのです。
権利の終了にも何かの原因があるんです。
2. 配偶者居住権が発生(設定)するとき
おじいちゃんの持ち家でおじいちゃんが亡くなったときのおばあちゃんを前提とします。
配偶者居住権は、ざっくり言うと、
・みんなが、おばあちゃん住んでいいよ、と合意しているとき
・おじいちゃんが、遺言で、おばあちゃんに配偶者居住権をあげますと書いていたとき
・家庭裁判所の遺産分割審判で、おばあちゃんが配偶者居住権が欲しいと言い、家の所有権をもらう人の不利益の程度を考えても、それでもおばあちゃんの生活を維持するためには特に必要でしょうと裁判所が考えて、おばあちゃんの配偶者居住権を認めますと決めたとき
に発生(設定)します(民法1028条1項、1029条1号、2号)。
3. 配偶者居住権が終わるとき
これに対して終了の場合は、建物の問題、当事者の問題、権利の問題のそれぞれで消滅(終了)原因があります。
建物があって、住む人がいて、権利があるから住めるので、それぞれに関係することになります。
3.1. 建物の問題
配偶者居住権は、長年住み慣れて思い出のある家について、おばあちゃんの住む権利を保障してあげようというものです。
ですので、その家がなくなってしまえば、配偶者居住権も消滅します(民法1036条、616条の2)。
例えば、火事で家が全焼したとか、地震で倒壊したとか、そういう場合ですね。
この場合、解体業者とかに依頼することになると思いますので、その業者が、解体証明書とか滅失証明書とか取り壊し証明書とか呼ばれる書類を作成し、土地家屋調査士に依頼して建物の滅失登記をすることになります(不動産登記法57条)。
なお、解体証明書がない場合の方法もあります。
建物がなくなったと登記するほどなのですから、配偶者居住権も当然に消滅しています。
では、老朽化して住めなくなった場合はどうでしょう。
この場合、建物の滅失登記はできません。
私としては、老朽化して住めなくなったとかいう場合も、配偶者居住権は消滅すると思います。
民法616条の2は、「賃借物の全部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合」としていまして、使えなくなったら終了することになるわけですが、「その他の事由」に老朽化も入ると思います。
ただ、「老朽化して住めなくなった」、と決めるのはどうしたらいいのでしょう。
「もう住めへんよなあ」「そうやなあ」という場合は、合意による配偶者居住権の消滅ですので、後ほど触れます。
おばあちゃんが、まだ住める、まだ住みたいと言っている場合、建物を所有することになった他の人が、一方的に「もう住めなくなった」と決めつけるわけにはいきません。
そうなると、配偶者居住権の消滅を裁判で争うしかなくなると思います。
老朽化して危ない建物に住まわせるのがいいのか、おばあちゃんを追い出すのがいいのか、なかなか苦慮するところだと思います。
3.2. 当事者の問題
配偶者居住権の存続期間は、終身とするのが原則です(民法1030条)。
この場合、おばあちゃんが亡くなったら配偶者居住権も消滅します(民法1036条、597条3項)。
おばあちゃんのためにわざわざ所有権に制限をかけたので、そのおばあちゃんが亡くなれば、その所有権の制限も解除するのが妥当ですね。
これに対し、所有者が亡くなっても、おばあちゃんの配偶者居住権が設定されている建物の相続が問題となるだけなので、配偶者居住権には影響はありません。
3.3. 権利の問題
配偶者居住権は権利ですので、その権利そのものから来る消滅(終了)原因があります。
3.3.1. 期間が満了した場合
配偶者居住権の存続期間は、終身とするのが原則です(民法1030条)。
しかし、
・遺産分割協議の時に存続期間を決めた場合
・遺言で配偶者居住権が遺贈された場合で、遺言に存続期間が書いてあった場合
・家庭裁判所が審判をした場合に、存続期間まで定めた場合
には、存続期間が決められます。
配偶者居住権は、長年住み慣れて思い出のある家について、おばあちゃんの住む権利を保障してあげようというものですので、基本的には終身にしてあげるのが人情というものです。
ただ、施設に入所予定であったりその可能性が高いとか、建物の老朽化でいつまでも住めないとか、その不動産を売却しなければならない予定があるとか、何らかの事情があるのであれば、期間を決めておくのがいいと思います。
期間が満了したら、配偶者居住権は消滅(終了)します。
ただし、その場合でも、おばあちゃんには円満に出て行ってもらって、配偶者居住権の抹消登記に協力してもらわなければなりません。
おばあちゃんが抵抗して出て行ってくれないようであれば、裁判するしかありません。
3.3.2. 消滅の合意がある場合
配偶者居住権は、長年住み慣れて思い出のある家について、おばあちゃんの住む権利を保障してあげようというものです。
ですので、「もう生活しんどいし施設入るし、もう帰らへんし、この家はもうええわ」と、おばあちゃんが満足したり諦めたり、あるいはその家でもう住めなくなった場合にまで、無理矢理権利を残しておく意味はありません。
そこで、合意によっても配偶者居住権を消滅させられます。
基本的にはこれでいいのですが、合意が第三者の利益を害することになる場合は、そういうわけにはいきませんよね。
配偶者居住権はおばあちゃんのための権利ですが、第三者に貸す場合も考えられます。
例えば自分が住まなくても、配偶者居住権に基づいて、誰か第三者に貸してあげて、その賃料を施設入所費用に充てようということもあり得ます。
その場合、所有者としては、おばあちゃんだから配偶者居住権の制限を受け入れたのに、勝手に第三者に入られてはたまったものではありません。
そこで、所有者の承諾が必要となります(民法1032条3項)。
逆に、所有者が承諾して第三者に貸した場合、おばあちゃんと所有者が合意して配偶者居住権を消滅させても、その第三者にはそれを主張することができません(民法1036条、613条3項)
つまり、第三者との関係では、配偶者居住権は消滅しないことになります。
3.3.3. 義務違反による消滅の場合
配偶者居住権は、所有権は別の人に移し、住む権利だけおばあちゃんに残すものです。
つまり、家は他人のものなんですよね。
ですので、何でもできるわけではなく、賃貸借に近い扱いを受けます。
おばあちゃんの義務を定めたものが、民法1032条です。
第1項本文は、「従前の用法に従い、善良な管理者の注意をもって、居住建物の使用及び収益をしなければならない。」としています。
それまでと同じように住むんですよ、その場合、他人のものなので、善良な管理者の注意をしなければなりませんよ、ということです。「善良な管理者の注意」をはらう義務を、法律では「善管注意義務」といいます。
他人のものだと思って使いなさいよということなので、借家だと思うとわかりやすいですね。
ただし、「従前居住の用に供していなかった部分について、これを居住の用に供することを妨げない。」(第1項但し書き)としています。
「従前の用法」に従わなければならないのですが、住むスペースを広げることになるのはいいですよ、ということです。
例えば、おばあちゃんが1階で駄菓子屋をしてたけど、しんどくなってやめたあと、1階を住居スペースにしてもいいですよ、ということです。
逆に、住居スペースにしていた1階を使って駄菓子屋をしたいですと思っても、それはダメですよということになります。
第2項では、配偶者居住権は譲渡できないとされています。
おばあちゃんのための特別な権利なので、住む権利を売ったりあげたりできないのは当然ですね。
第3項では、所有者の承諾がないと、第三者に貸せないですよとされています。
これは、消滅の合意がある場合で触れましたので、ここでは省略します。
また、第3項では、増改築についても所有者の承諾が必要ということになっています。
おばあちゃんが住むから、所有者は売ったり壊したりできないわけです。
勝手に増改築されると、建物の価値に影響が出たり、無用な費用負担が発生したりします(民法1034条2項、583条2項)ので、勝手にはできないですよということになっています。
もう1つ、通知義務(民法1033条3項)がありますが、ここでは省略します。
さて、第1項の善管注意義務違反や、第3項の無断増改築や無断貸しをしてしまうと、「相当の期間を定めてその是正の催告をし、その期間内に是正がされないときは」「意思表示によって配偶者居住権を消滅させることができる」とされています(民法1032条4項)。
これが、義務違反による消滅の場合です。
意思表示のみで消滅させられるわけですが、「おばあちゃん、善管注意義務に違反して、半年で是正しろよと催告したのに、是正しなかったよね。だから配偶者居住権を消滅させるよ」と伝えて、「はいそうですか、分かりました」、となるわけがありません(それ以前に、消滅の合意がある場合の問題となりますが、それはさておきです)。
いくら配偶者居住権を消滅させたとしても、実際におばあちゃんに出て行ってもらって、配偶者居住権の消滅登記をしなければ、本当の意味で消滅させたことにはなりません。
いずれも、おばあちゃんの協力が必要です。
おばあちゃんの協力がないと、配偶者居住権消滅による土地建物明渡請求訴訟を提起する必要があります。
所有者の損害まで請求するならば、別途賃料相当損害金の損害賠償請求をする必要があります。
そこまでするよと脅して、おばあちゃんが渋々出て行くか、本気で提訴しなければならないことになりますね。
4. まとめ
いかがでしたでしょうか。
理屈で言えば、建物か当事者(おばあちゃん)か権利に何か原因があれば、配偶者居住権は終了(消滅)します。
火災で全焼とか、おばあちゃんが亡くなるか、存続期間満了、あるいは合意により終了ということなら分かりやすいです。
そうでない場合、裁判官に決めてもらわないといけないので、前もってそのあたりの覚悟をしておかないと、所有者は想定外の苦労をすることになるかもしれませんね。
2022年4月4日