弁護士の佐野です。
引き続き、遺言執行者について書いていきますね。
4. 遺言執行者は何ができるの?
目録を作った後、遺言執行者は遺言の実現を遂行することになります。
法律上、遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有します(民法1012条1項)。
とりえあずは万能と思ってもらってかまいません。
また、遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は、遺言執行者のみが行うことができると改正されました(民法1012条2項)。
例えば、Aさんが、特定の財産を唯一の相続人Bではなく第三者Cに遺贈する、遺言執行者はDとするという遺言を書いたとします。
Aさんが亡くなったら自動的にその特定の財産はCのものになります。でも、その「手続」は誰がすればいいのでしょうか。BかDのどっちですか、ということが一応問題ではありました。
遺言執行者のDがしないといけないよ、という考え方で今までも良かったのですが、それをはっきりさせたのがこの条文です。
Cがそれ寄こせという裁判を起こすとなると、その相手は、相続人のBではなく遺言執行者のDになります。
先ほどは、「手続」と書きました。わざわざ「」をつけたのは意味があります。
「手続」って何?ということですね。
相続で何かもらったとしても、法定相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない、とされました(民法899条の2第1項)。
「対抗要件」というのは、ものすごく簡単に言うと、これは自分のものですよと、他人に対しても言えるようにするための要件です。
AがBに物を売りました、という場合、AとBの間ではBのものであることは確定します。
ところが、Cに対してもBのものですよと言うためには、対抗要件を備えないといけない、というものです。
対抗要件には物によって様々ありますが、それはここでは触れません。
大事なことは、遺言執行者は、その対抗要件を備えさせるまでがお仕事、これは私のものですよと誰に対しても言えるようにしてあげてね、ということです。
逆に言うと、そこまですれば、遺言執行者は責任を全うしたことになります。
つまり、何でもかんでも遺言執行者が全て裁判の当事者になるわけではなく、時によっては、遺言執行者以外の方が裁判の当事者になり得るということです。
難しいので、ここではこの程度にしておきます。後で、少し触れますね。
他方で、遺言執行者にもできないこともあります。
遺言執行者は結構幅広くできるのですが、民法上、してもだめですよということが決められています。
それは、自己契約と双方代理というものです(民法108条)。
例えば、遺言でABに半分ずつねと書いてあって、遺言執行者としてCが指定されているとして、遺産が宝石1つしかないとします。
Cが半分ずつ分けるには、宝石を売らなければなりません。
そのとき、Cが自分で買い取りますと言うと、それは自己契約となります。
Cはいくらでも安い金額にしてしまえるので、それはダメですよね。
また、CがBに売るというのも、それは利益相反となることがあります。
客観的に妥当な金額であればいいのですが、不当に安い金額になるとすると、Bが不当に得しますので、これもダメですよね。
これらの場合、あらかじめ遺言者が許可していれば問題ありません。また自己契約の場合は、単に決まったことをするだけならOKです。
もちろん、相続人がみんなOKする場合も大丈夫です。
5. 一部の財産についてだけの遺言執行
遺言執行者がすべきことについて、それが遺産の一部だけの場合についてはどうなのかということが、法改正で明確化されました。
民法1014条1項は、前三条の規定は、遺言が相続財産のうち特定の財産に関する場合には、その財産についてのみ適用する、としました。
「前三条」とは、相続財産の目録を作成しなさいよ、遺言執行者の権利義務について、遺言の執行の妨害行為は禁止しますよ、という条文です。
遺産の一部だけ遺言執行者に任せ、後は話し合いで、というのは、遺産が多種多様でかなり多い場合でもなければ、基本的にはお勧めしません。
ただ、遺言を残す人の気持ちはできる限り反映したいものです。
法律上も、前二項の規定にかかわらず、被相続人が遺言で別段の意思を表示したときは、その意思に従う、としています(民法1014条4項)。
この家だけはおばあちゃんに相続させたいとか、このお金だけは 一般財団法人中野豊こども夢財団 に寄付したいとか、後は話し合いでええねんけどこれだけは、ということがあると思います。
特定の財産だけが気になるということはあり得ますよね。
そういうこだわりがある場合は、遺言で何でもしようというのではなく、遺言信託も選択肢に入れて考えるべきです。
遺言も遺言信託も、どういう設計をするかで大きく変わります。専門家にご相談ください。
ちなみに、うちの相続遺言サポート協会は、紛争、税金、手続など、一括して検討して設計しますよ。
5.1. その一部の財産が物(動産、不動産等)のとき
この財産はこの人にあげるよ、という遺言を書いて遺言執行者を指定した場合、それが物であれ何であれ、きちんとその人が確定的に権利を主張できるようにしてあげなければなりません。
そこで、遺言執行者は、対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる(民法1014条2項)とされました。
対抗要件はここでは触れないとして、注意点は、遺言執行者は、現実にその人が使える状態にまでしなくてもいいということです。
例えば、ABが相続人で、土地建物をAにあげると遺言に書かれているけど、Bが住んでいる場合、遺言執行者は土地建物の登記をA名義にすることまではしないといけませんが、Bを追い出してAが住めるようにするのは、A自身でしなければならないのです。
Aがいくら遺言執行者に詰め寄っても、AがBを訴えなさいよ、ということにしかなりません。
ただし、被相続人が遺言で別段の意思を表示したときは、その意思に従う、としていますので(民法1014条4項)、Aが住めるようにしなさいと書いてあれば、遺言執行者はそこまでしなければなりません。
いやいや、それは無理でしょ、と思ったら、そもそも遺言執行者に就任するのを断らないといけませんね(1007条1項)。
5.2. 特定の財産が預貯金のとき
預貯金債権である場合には、遺言執行者は、払戻しの請求や解約の申入れをすることができます(民法1014条3項)。
まあ当然ですね。銀行も、普通は応じていると思います。
ただ、理屈でいえば、申し入れまでしかできません。強制的に払い戻しさせたり解約させたりはできません。
なお、解約の申入れについては、その預貯金の全部について、遺言で指定されている場合に限ります(民法1014条3項但し書き)。
これも当然ですね。例えば預金1000万円のうち500万円をAさんに相続させると指定されているのに、1000万円全額を解約するわけにはいかないでしょう。
また、これは預貯金の場合に限られます。
貸金庫の中身の引き渡しであるとか、投資信託の解約であるとかは、できなくはないかもしれませんが、法律の問題というよりは、遺言の解釈の問題です。
遺言にきちんと書いておきましょう。
2022年3月7日