弁護士の佐野です。
引き続き、亡くなった方の預貯金についてみていきましょう。
今回は法的手続からです。
4. その4 裁判
銀行の任意の払い戻し以上の額が必要な場合については、結局遺言や遺産分割などの最終的な処理か、裁判によるしかありませんでした。
従前は、預金は遺産分割の対象にならず、相続分どおりに請求できるとされていたので、裁判をすると法定相続分どおり支払われました。
預金が1000万円で法定相続分が2分の1なら500万円です。
実際私も裁判をしたことがあります。
ところが、平成28年12月19日最高裁判決で、従来の取り扱いを変更し、遺産分割の対象とされました。
つまり、遺産分割されないと払い戻されないということになります。裁判で銀行に対して請求することはできなくなりました。
それではあまりにも不都合が生じることになるため、その3の民法改正がなされたのです。
5. その5 仮処分
遺産分割が終わらないと遺産に全く触れられないとなると、不都合が生じます。
亡くなった方が貸した金を、すぐに回収しなければ二度と取り戻せなくなる、とかいうこともあるかもしれません。
従来は、預金に関しても、仮処分という手続(家事事件手続法200条2項)をする必要がありました。
要件は、
- 遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合
- 強制執行を保全し、又は事件の関係人の急迫の危険を防止するため
- 必要があるとき
というものです。
預金との関係では、「事件の関係人の急迫の危険を防止」という要件が厳しいですね。
そこで、仮分割仮処分(家事事件手続法200条3項)が新設されました。
要件は、
- 遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合
- 相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を
- 当該申立てをした者又は相手方が行使する必要があると認めるとき
- 他の共同相続人の利益を害することがないこと
というものです。
預金については、特別に、「事件の関係人の急迫の危険を防止」という厳しい要件ではなく、「行使する必要があると認めるとき」に「他の共同相続人の利益を害」さないならOK、と緩和されています。
必要性があって、他の人の不利益にならない程度なら、いったん認めてあげましょうということになりました。
6. いっそのこと?
以上、色々と手続を見てきましたが、どれも一長一短です。
長所短所を考えて利用する分にはいいでしょう。
ただ、どれも短所がありますので、不都合な場合も生じます。
相続人の1人が生きていることは間違いないが、連絡が全く取れないとかいうこともあるでしょう。
そうなると、短所ばかりが強調されてしまいます。
そこで、お勧めはしませんが、亡くなる前に引き出してしまうとか、銀行に被相続人が亡くなったことを言わずに引き出すとか、といったことも考えられます。
もちろん、全く勝手に払い戻しを受けたら詐欺になりかねませんし、他の相続人との関係で揉める元にもなります。書類を偽造することになったら有印私文書偽造罪となります。
悪意はなくても、他の相続人の疑心暗鬼を誘発します。
どうしても急ぐ、明日のご飯が食べられない、といったような場合に限ってなら、仕方ないかもしれません。
やむを得ずという場合でも、後々説明できるように、きちんと資料は残しておきましょう。
いかがでしたでしょうか。
実際には、とりあえず払い戻しておくというケースは多いです。
やむを得ずそういうアドバイスをすることもなくはありません。
しかし、ある意味裏技的な方法なので、簡単に選択できる方法ではないのです。
一番いいのは、最初に軽く触れましたが、きちんとした遺言書を書き、遺言執行者を指定しておく(指定してもらっておく)ことです。
銀行に有無を言わさず、後でなるべく揉めないようにするには、これしかないのではないかと思います。
なお、マイナンバーが預金と紐付けされるようになりました。
ないとは思いますが、銀行が、マイナンバーに紐付けされた情報のうち生死について自動的に反映できるようなことになれば、すぐに預金凍結となるんでしょうね。
まあ、そんなことにはならないとは思いますが。
2022年2月14日