弁護士の佐野です。
今回は、限定承認について書いてみたいと思います。
目次
1.相続には3つの方法があります
2. 限定承認のデメリット
2.1. 相続人全員でしなければならない
2.2. 期間制限がある
2.3. 税金の落とし穴
2.4. まとめ
3. 限定承認のメリット
3.1. 不安をなくす
3.2. 消極的メリット 法的に認められた特権
3.3. 戦略的メリット
4. まとめ
1. 相続には3つの方法があります
単純承認(民法920条)は、遺産全てを相続します。条文にも「無限」と規定されています。条文は2つしかありません。
相続放棄(民法938条)は、遺産全てを放棄します。これによってはじめから相続人ではなくなります。条文は3つしかありません。
これに対し、限定承認(民法922条)は、大雑把に言ってしまうと、財産と借金があるときに、財産の額の限度で借金も相続するものです。
財産より多い借金は相続しません。条文は16もあります。
なぜ条文の数にこのような違いがあるのか?
なぜ条文の数にこのような違いがあるかというと、全て相続する、全て相続しない、というのは明確です。全てですから例外はありません。
これに対して、一定の限度で相続しますとなると、いったいどの限度で相続するのか、財産の範囲、額の特定が必要になってきます。
また、借金が財産の範囲なのかどうか、亡くなった方がいつ誰にどんな借金をしているか分からないし、調査する必要もあります。
その借金は一部返済されることになりますが、誰にどれだけを返すことになるのかを決めなければなりません。
それは誰がやるのか、相続人で意見が分かれていないか、ということも問題になります。
個人商店にたとえると
個人商店にたとえれば、単純承認は先代を丸ごと受け止めて事業を引き継ぐようなものです。
全ての責任を引き継ぐので、一応簡単です。
相続放棄は、先代が亡くなった後、誰も何もせず、取引先など関係者各自がそれぞれ処理することようなものです。
無責任ですが、それぞれが勝手に処理できる(せざるを得ない)ので、これも一応簡単です。
限定承認は、個人商店の清算をしてあげるようなものです。
全ての財産の棚卸しをし、全ての取引先への支払いを整理し、これで何も残ってないですよ、という処理をしてあげるわけです。
財産が残れば、それは引き継いでもいいですよ、ということになります。
そのため、限定承認は面倒で、その手続きの規定のために条文が多くなっているのです。
2. 限定承認のデメリット
限定承認のやり方、メリットを見る前に、まずはデメリットを踏まえておくべきだと思います。
普通、まずは単純承認か相続放棄かを考えるわけです。
どちらも問題があるようなときに、次の方策として、限定承認はどうかと考えるわけです。
こんなデメリットがあるけどあえて限定承認にするか、という選択になるわけで、まずはデメリットを判断できなければ、それを超えるメリットがあるかどうかの判断もできないでしょう。
2.1. 相続人全員でしなければならない
限定承認は、相続人が複数いる場合、相続人全員でしなければなりません(民法923条)。
個人商店で代表が亡くなった場合、いきなり代表が複数になるようなものです。
複数の代表が店を閉めることで意見がまとまらなければ、ややこしい手続きを全うすることはできません。
みんなが一致団結して初めて可能であるということです。
行方不明の相続人、認知症になってしまった相続人、感情的に反対する相続人、自分にそんになろうとも一切何も協力しようとしない相続人、そういう方がおられるだけで、とても大変な選択になってしまいます。
結果的に同意してもらえなければ、限定承認は行えません。
2.2. 期間制限がある
限定承認をしようとするときは、相続財産の目録を作成して家庭裁判所に提出し、限定承認をする旨を申述しなければなりません(民法924条)が、それは3ヶ月とされています(民法915条1項)。
家族が亡くなって、悲しみに暮れている中3ヶ月以内に、ドライに相続財産の目録を作成して申し立てる必要があるわけです。
なんちゅう人情味のない制度だ、と言いたくもなりますが、関係者にとっては待たされることになりますので、やむを得ないところでしょう。
ただし、この3ヶ月という期間は多少伸ばせます(民法915条1項但し書き)。
もし申述するなら、ある程度割り切ってやってくれる税理士や弁護士にお願いすべきです。
しかも、その後のとても面倒な手続きがあります。素人の相続人自身がやっても、途中で心が折れてしまうのがオチでしょう。
2.3. 税金の落とし穴
限定承認も相続の1形態なのですが、単純承認が「包括」承継といわれるのに対し、「限定」的に、もしプラスが出たら下さいねって承継するだけなので、税金のことを考えるときには、必ずしも相続としては扱われないのです。
これが落とし穴なんです。
司法試験では学ばない話ですので、若手弁護士なら知らない人もいるかもしれません。
知っている弁護士でも、具体的な金額の計算ができる人は少ないでしょう。
私は計算できません(したくない)ので、必ず税理士に相談します。そのための相続遺言サポート協会というチームです。
例えば、不動産のみなし譲渡所得税(所得税法59条1項1号)が典型例として挙げられます。
限定承認をする対象に不動産等がある場合には、含み益に対し、相続税とは別に発生します。
「不動産 譲渡所得税」で検索すればたくさん出てくると思います。ですが、計算方法が分かっても、本当に大丈夫か?と思うのが普通ではないですかね?
その上、4ヶ月以内に準確定申告をしなければなりません。
また、特例による減税制度といったものも使えないものが出てきます。
教育資金の一括贈与の特例がもてはやされたりしていますが、それをした後急激に借金が増えて限定承認、となると結局使えなくなったりしかねません。
小規模宅地の特例なども同様です。
他にも、こういう財産があったらどうなの?というのは、個別に税理士に確認してもら必要があります。裏技的なものも含めてノウハウについてはここでは書けませんので、ぜひ信頼できる税理士にご相談下さい。
税金が増えるくらいなら単純承認した方が良かった、相続放棄した方が良かった、なんてことがないように注意したいところです。
2.4. まとめ
以上、3点のデメリットを挙げましたが、結局のところ損をしないようにという点でまとまれば、それに尽きるということになります。
2の冒頭で「次の方策」と書きましたが、借金が多いかもしれない人の相続の場面でこの選択肢を選ぶというのは、感情も金も含めて相当割り切れる状態になっていなければならないのではないかと思います。
ある意味、最後の選択肢ではないでしょうか。
3. 限定承認のメリット
限定承認のデメリットを踏まえた上で、それでも限定承認がいいのではないか、という場合を検討しましょう。
3.1. 不安をなくす
不安というのは、具体的には、亡くなった方が知らないどこかで借金をしているのではないか、後日突然莫大な借金を請求されることにならないか、という不安です。
こういう不安を持っている場合、亡くなった方に対して信頼があまりないということになります。こういう方なら、相続放棄するのが筋でしょう。不安をなくすのなら、その方が断然安心です。
限定承認で借金の不安をなくすということをメリットに挙げているサイトも多いと思いますが(ここでも一応メリットに挙げますが)、正確にはそれはメリットではありません。
借金があってもなお残したい財産があるかどうか、これに尽きます。
現実的にどうしても残したいものといえば、不動産がほとんどだと思います。
他に考えられるとすれば、株式などでしょうか。あるいはレア宝石とか、ペットとかなどでしょうか。。。あまり想定できないと思います。
第三者に価値がないものはほとんど問題ありません。誰も問題にしないのです。
第三者から見ても価値があるものが問題なのです。
それを残すとすれば、結局はそれを買い戻すための資金が必要です。
限定承認の全体として見て、その資金が減ればラッキーというだけのことです。
そこまで考えるなら、「不安をなくす」というのがいかに意味がないか分かると思います。そういうレベルの話ではないのです。
限定承認は、最後の、攻めの選択肢といえるでしょう。だからこそ、専門家に依頼する必要があるのです。
3.2. 消極的メリット 法的に認められた特権
なんや、結局分かりやすいメリットはないんかい、と叱られてしまいそうです。
が、不動産、車、船舶など、登録するものについては先買権があるということがメリットです。
ここでは、思い入れが深かったり、生活の拠点になったりしている不動産を例に説明します。
亡くなった方の借金が5000万円だと判明し、その方の自宅の価値が2000万円、そこに息子夫婦と孫が住んでいて生活の拠点だとか、事業の拠点になっているとします。
普通に考えると、5000万円を背負ってその自宅を相続するか、全てを放棄してその家を出るかしかありません。
続放棄すると、いずれ競売にかけられると思いますが、必ずしも競落できるとは限りません。
生活や事業の拠点を追い出されるという不安は相当なものです。
しかし、限定承認をすれば、その自宅を競売にかける際、「家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従い」、優先的に支払って自分のものにできます(民法932条)。
生活の拠点を誰かに取られるかもしれないというリスクは大きなものですので、一定金額を払えば競争せず、優先的にゲットできるというのはとても大きな要因となります。
これは確かにメリットですね。
ただし、資金が必要です。場合によっては、競売にかけてもらって、安くで競落する方がいいかもしれません。
3.3. 戦略的メリット
消極的メリットと裏腹ではありますが、戦略的メリットもないわけではありません。
先代の借金をチャラにして店を守る、なんて積極的戦略です。
資金があるなら、という条件付きですが、店を先買権で買ってしまえば、事業承継して営業を継続できたりします。
ただし、信頼を損ねることは間違いありません。
取引先に損害を与えて、平然とはしていられないでしょう。
では、銀行を敵に回せますか?よほど説得して信じてもらうとか、それまでの先代の積み重ねがあるとか、銀行側に店を守る特別の事情でもない限り、店を残したところで銀行は納得しないでしょう。
かなりギリギリの根回しが必要になるように思います。
4. まとめ
いかがでしたでしょうか。
このように考えてみると、限定承認には、金銭的に損害があっても成し遂げたい特定の目的がないと、あまりメリットはないように思えます。
これを、ご家族が亡くなってから原則3ヶ月で緻密に考えろというのは困難です。
余裕を持って、期間伸張はすべきですし、そもそも遺言も利用したりして解決するのが妥当でしょう。
専門家にも依頼して、緻密に計算されることをお勧めします。
2021年11月15日