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配偶者居住権は使えるか? 簡単なシミュレーションをしてみました

2021/09/30





弁護士の佐野です。




2020年 4月1日以降に亡くなられた方に関して、配偶者居住権という権利が新たに認められました。

一時期、ワイドショーなどでも結構取り上げられていましたので、概要はご存知の方もおられるかと思います。

ここでは、これについてご説明しようかと思います。
今回はちょっと長いですが、お付き合いください。



目次

1. 配偶者居住権とは
1.1. 亡くなって当面の間
1.2. 配偶者居住権を獲得したら

2. 配偶者居住権の説明例
3.配偶者居住権を主張できるか?]
3.1. おばあちゃんも子もお互いに友好的な場合
3.2.おばあちゃんが子に敵対的、子は友好的な場合
3.3.おばあちゃんが子に友好的、子が敵対的な場合
3.4.おばあちゃんも子もお互いに敵対的な場合
3.5.財産のバランスが悪い場合

4. デメリット~配偶者居住権の価値の評価
5. デメリット~登記費用
6. デメリット~税金
7. 結論




1. 配偶者居住権とは



配偶者居住権とは、夫婦の一方が亡くなった場合に、残された配偶者が、 亡くなった人が所有していた建物に、亡くなるまで又は一定の期間、無償で 居住することができる権利です(民法1028条以下)。

これは法務局の説明ですが、典型的な例で簡単に言うと、おじいちゃんが家を持ち、おばあちゃんと一緒に住んでいて、子どもが1人いる場合、おじいちゃんが亡くなると、おばあちゃんはその家に住み続けられる権利、ということになります。

もちろん、おじいちゃんおばあちゃんが逆になっても同じですが、とりあえずここでは上記の例を前提にしますね。また、要件などの細かいことはあえて書きません。





1.1. 亡くなって当面の間

家をどのように分けるか、遺産分割協議が整うまでは、おばあちゃんはその家に住み続けられます。

これを、配偶者短期居住権といいます(民法1037条)。

「当面」というのは、3つの期限があるという意味です(民法1037条)。

  1. 遺産分割で誰がその家をもらうか決まったとき
  2. おじいちゃんが亡くなってから半年
  3. 遺言や遺贈などで子が家をもらうことになった場合、子が、「おかあちゃん出て行って」と言ってから半年



のうち、一番遅い時まで、ということになります。


「配偶者短期居住権」という名前は「配偶者居住権」と似ていますが、全く違うものですので注意です。

あくまでも、配偶者居住権がどうなるか決まるまでの当面の間、住み続ける権利を保障しますよ、というだけです。





1.2. 配偶者居住権を獲得したら


おばあちゃんが無事配偶者居住権を獲得したら、期限が決まっていない場合は、亡くなるまでその家に住み続けられます(民法1030条)。

おばあちゃんが獲得できなかったら、「当面の間」が終わればその家を出て行かなければならないことになります。






2. 配偶者居住権の説明例


色々検索していただければ、典型的な場面として、おじいちゃんの遺産が2000万円の家と2000万円の預貯金というような場合が説明されていると思います。
この例で、普通に分割すると、おばあちゃんが家に住みたければ、

  • 家はおばあちゃんに分ける
  • 預貯金は子に分ける


ということになります。そうすると、おばあちゃんの生活費は年金しかなくて困るよね、という説明になります。

ここで、配偶者居住権の価値は1000万円だとすると、家の所有権はその分価値が減って1000万円となります。

そうすると、おばあちゃんが家に住みたければ、

  • 配偶者居住権1000万円と預貯金1000万円はおばあちゃんに分ける
  • 配偶者居住権によって価値が減った家の所有権1000万円と預貯金1000万円は子に分ける


ということになります。そうすると、おばあちゃんの生活は一応安泰ですよね、という説明になります。





3.配偶者居住権を主張できるか?


典型例では上手くいきます。説明用の典型例なので。

しかし、実際には揉めておばあちゃんがかわいそうな目に遭うから、配偶者居住権なるものが作られたわけです。
揉める場合を前提にしないと、考える意味がありません。


例えば、遺産が家しかない場合、家を分けるしかありませんが、子が、「おばあちゃん、いつまでも住んでていいからね」と心の底から言っていれば、配偶者居住権は不要です。
預貯金があっても同じことです。
むしろ、税金面で考えると、おばあちゃんに多く残しておく方が有利になることも多いでしょう。


配偶者居住権にはデメリットもあることを考えると、「わざわざ使う?」「俺(子)のことをそんな信用でけへんのか?」というようなこともあるかもしれません。


以下、場合を分けて考えてみましょう。




3.1.おばあちゃんも子もお互いに友好的な場合


この場合、子が、「おばあちゃん、いつまでも住んでていいからね」と心の底から言ってくれていて、おばあちゃんもそれを信頼しているので、配偶者居住権は不要です。

そもそも揉めていないので、仲良く話し合って遺産分割すればいいだけですので、権利も何も考える必要はありません。
かえってそういうことを言い出すと、水くさい、なんてことになりそうですね。


ただ、本人たちは仲良くても、子の配偶者だとか、親戚から横やりが入って揉めることもありますので、注意は必要です。

そういう不安があるなら、おじいちゃんが生前にきちんと遺言を書くとか、税金対策を考えておくとか、将来余計な紛争が生じないような対策を取っておくのがいいでしょう。





3.2.おばあちゃんが子に敵対的、子は友好的な場合


おばあちゃんは、「この子は私を家から追い出そうとしてるに違いない」と思い、子が「おばあちゃん、いつまでも住んでていいからね」と心の底から思っている場合です。

この場合、子からの悪意はないので、客観的にはおばあちゃんを守る必要はありません。
おばあちゃんが勝手に不安になっていて、主観的に守って欲しいと思っているだけ、ということになります。


子が、おばあちゃんは元々敵対的だと分かっているなら、配偶者居住権を設定してあげて、おばあちゃんに安心してもらうのも1つの選択肢かなと思います。

子が、おばあちゃんは元々敵対的だと知らなかったなら、「わざわざ使う?」「俺(子)のことをそんな信用でけへんのか?」となり、おばあちゃんは子の信頼を失うかもしれません


そうなると、双方敵対的となり、紛争が拡大しかねません。


おばあちゃんが配偶者居住権を主張すれば、やぶ蛇ということになりかねませんね。


元々おばあちゃんは子を信用していないのでいいとして、親を信じられなくなった子がかわいそうな感じですが、これはどうしようもありません。




3.3.おばあちゃんが子に友好的、子が敵対的な場合


一番多いのがこのパターンだと思います。

いつもこの子はおじいちゃんの遺産はいらないと言っていたとか、まさかそこまで強硬に主張されるとは思っていなかったとか、おじいちゃんが亡くなったとたんに子が思いもよらない主張をしてきた、ということがわんさかあります。

おばあちゃんと子だけで、おばあちゃんが友好的なので、2人だけでは結局おばあちゃんは押し切られてしまいかねません

おじいちゃんがきちんと遺言を残していればいいですが、そういうケースは少ないし、おじいちゃんも友好的であったら子に警戒もしていなかったかもしれません。

こういう場合、周りの方の支援がないと、おばあちゃんが家を追い出されるということになるかもしれません。


「弁護士に相談せなあかんで!」と言ってくれる人がいるかどうかで、大きく結論が変わりそうですね。

この場合、家2000万円、預貯金2000万円のような典型例はあまり意味がありません。


おばあちゃんが家を追い出されそうな時には、まずそれを守ってあげないといけないのであって、公平妥当な遺産分割はその次の問題に過ぎません。


おばあちゃんは、どうしても子と敵対することになります。その現実を受け入れられるかどうかにかかっていると言っていいでしょう。


子が家を欲しがっているか金を欲しがっているかで多少異なると思いますが、家以外の財産がどれくらいあるかで、どういう結果になるかが変わります(下記3.5.)。


子が、使えもしない家の配偶者居住権の制限付き所有権をもらったところで、土地の固定資産税を納めるばかりになります(建物の固定資産税はおばあちゃんが納めますが、普通は微々たる金額でしょう)。

配偶者居住権が終身であれば、おばあちゃんが亡くなるまでそういう状態です。

子にそんな状態を受け入れてもらうためには、それ相応の金銭を渡さないといけないでしょう。


果たしておばあちゃんにお金が残るのか、そもそも配偶者居住権を設定できるほどの遺産が家以外にあるのか。


揉めて家庭裁判所で争うという想像しかできませんねぇ。




3.4.おばあちゃんも子もお互いに敵対的な場合


この場合、前半の心の葛藤が違うだけで、3.3.と同じことになります。


むしろ、おばあちゃんを助けるために、おじいちゃんが遺言を書いておいてくれているかもしれないし、相談すべき弁護士も用意してもらえているかもしれませんので、かえっていいかもしれません。

分かりやすいのは、おじいちゃんには先妻の間に子がいるが、おばあちゃんとの間には子がいない、という場合でしょうか。互いに情はなく、自宅の取り合いになりそうです。

この場合は、配偶者居住権はもちろん、その他の財産までバランスを取って対策しておかないと、下手をすると泥沼の争いをして、結果自宅売却、費用も結果的に高額になった、ということになりかねません。

配偶者居住権だけで解決するのではなく、家族信託なども利用した方がいいでしょう。



3.5.財産のバランスが悪い場合



典型例では、上手く分けられるようなバランスで設定されています。

もしバランスが悪く、預貯金が少なかった場合はどうでしょうか。


例えば、家5000万円、預貯金1000万円のような場合、3000万円分ずつ分けなければなりません。


おばあちゃんが配偶者居住権をもらっても、配偶者居住権の価値が3000万円以下で評価されないと、預貯金がおばあちゃんに回ってくることはありません。

もし、配偶者居住権の価値が1000万円とされると、おばあちゃんは、預貯金1000万円以外に子から1000万円をもらうことになります。

他方、子は、おばあちゃんが亡くなるまで土地建物を売ったり使ったりできません。
その上、自分の財産から1000万円をおばあちゃんに出してあげなければならなくなります。


これはかなり厳しいですね。それくらい余裕、なんて人は少ないでしょう。


この例で、配偶者居住権の問題ではなく、遺言の問題だと考えてみましょう。おじいちゃんが遺言で全部おばあちゃんに相続させるように書いてくれていた場合です。

この場合でも、子には遺留分(民法1042条)が1500万円ありますので、預貯金1000万円では足りないことになってしまいます。

おばあちゃんは自分の個人の財産から500万円を子にあげないといけなくなります。


そもそもおじいちゃんは、10年以上前から準備して、おばあちゃん名義の財産をある程度形成してあげておかなければならなかった、ということになります。

10年というのは、遺留分の計算に生前贈与が考慮されるのは、亡くなる前10年間にしたものに限定されることになったためです(民法第1044条1項、3項)。

結局、財産のバランスが悪い、要するに家しかない、金がないという場合は、なかなか解決は困難です。

誰かに泣いてもらわないとどうしようもありません。

どうしてもという場合は、家を売って分けるしかなさそうです。



4. デメリット~配偶者居住権の価値の評価


計算方法自体は一応あるということになっています。国税庁HPに詳細に記載されています。

計算方法は難しいので、税理士さんにお願いするか、どこかのサイトで計算機を探すかしないと、評価額は出しにくいと思います。

しかも、そもそもこの計算は「存続年数」を含みます。

つまり、終身の配偶者居住権の場合、「いつおばあちゃんが亡くなるか」を計算しなければならないということになります。

これって計算できるの?ということですよね。実際には、「こんなもんでええんちゃう?」って、アバウトに決められることになるのかもしれませんね。



5. デメリット~登記費用


配偶者居住権の設定の登記に関する登録免許税は、固定資産評価額の価格の0.2%、相続の場合は固定資産評価額の0.4%です。

相続登記をした上で配偶者居住権の登記をしなければならないので、その分登記費用がかさむことになりますね。



6. デメリット~税金


配偶者居住権を設定すれば相続税が安くなるということになると、しのぎを削る国税庁としては儲けが減って大変なことになります。


しかし、
家の価値=配偶者居住権+(所有権-配偶者居住権)


ですので、遺産の総額は変わりません。
ですので、相続税におけるメリットはありません。


不動産を所有していると、固定資産税を支払わなければなりません。


土地の固定資産税を支払うのは所有者ということになりますので、配偶者居住権付きの所有権を相続した人(配偶者以外になります)が納めることになります。

所有者は土地建物を使えませんので、税金ばかりがかかることになってしまいます。

他方、配偶者居住権を取得した配偶者は、通常の必要費を負担しなければなりません(民法1034条1項)ので、建物の固定資産税を納めなければなりません。
無償で住めるといっても、普通にかかる費用は普通に払わないといけないということですね。


心情的には、配偶者居住権を設定してギスギスするくらいなら、子が家を相続して、税金も納め、おばあちゃんを住まわせてあげるか、おばあちゃんが家を相続して、税金も納め、私が死んだらあんたのもんだからねと子に納得してもらう、というのがいいように感じます。

弁護士が言うことではないかもしれませんが。




7. 結論


シミュレーションの結果、配偶者居住権が使えるかどうかは場合によるということになりました。当たり前ですが。


相続一般に言えることですが、亡くなってからの対策というのはほとんどなく、亡くなる前にどういった相続にするかをよく話し合っておく必要があります。

遺言は揉めている場合にのみ使えるわけではありません。亡くなった後に手続きをスムーズに進めたり、遺恨を清算したり、いろんな効果があります。

配偶者居住権が使えるのかどうか、使ってもいいのかも含めて、どのような相続を想定するか、元気なうちにしっかり専門家を交えて検討し、形に残しておくことをお勧めします。

わしが死んだら揉めるんではないかといった不安も軽減されますし、みんなに安心してもらえるかもしれませんし、おじいちゃんがそうしたいということなんだからそれに従おうよと、揉めることも減ると思います。

2021.9.30

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